【ドラクエ11】すぎやまこういち伝説

【ドラクエ11】すぎやまこういち伝説

自分が「杉山」だったら、
コウイチなんて言う名前をつけれない息子に!!

「手塚」だったら治虫ってつけれるわけねーし、「藤子」やったら不二雄って無理やろ!!
堀井だったらユージいける。
何だこの違い!!

ということで、
すぎやまこういち」さんを調べれずにはいられなくなった

[今回調べたきっかけ]
・上記、名前はつけれない。ドラクエのキャラ名然り
・2017/07/31 だったかの虎ノ門ニュースで、議員さんが、すぎやまこういちから連絡で政治の話を・・と
・ドラクエ11の馬レースに、競馬のファンファーレ音が入っていた!!
・ドラクエ1の「はい」「いいえ」はすぎやまこういちのアイディアかもしれない
・昔いたら、音楽で習うのこっち?


[出典]
すぎやまこういちWikipedia

まずはWikipediaしてみて追ってみた
・・・
ら、
これだけで、
なぜドラクエが70%音楽でできていたか理解できたし
その人物像に涙が出た

すぎやまこういちをWikipedia

『第30回ファミリークラシックコンサート~ドラゴンクエストの世界~』中に、『世界最高齢でゲーム音楽を作曲した作曲家』(2016年1月28日時点)としてギネス世界記録をサプライズ受賞

何年か前に、
「まだドラクエの音楽作ってくれてるの?」
って思った時調べた時があった

また数年経って、86歳でいらっしゃる
なるほどギネスね

ちょっとまてよ

堀井雄二(63)
鳥山明(62)

から考えても、20も上だ!
(全員還暦オーバーで、どんだけ子供達魅了してんねんやけども)

今年が30周年だとして(多分31周年なのに。。)
55から製作ですぁ

55歳のすぎやまこういちと、ドラゴンクエスト

マスターアップ直前のことであり、1週間で全ての楽曲を製作。すぎやまはCMなどの音楽で短時間での作業の経験(最も短いもので、12時間で仕上げる依頼もあった)が豊富であったため可能な作業でもあった。またすぎやまは「ちょうど作曲が好調な時期だったことも大きかった」としている。「序曲」のメロディはすぐに出来、それを「54年と5分で出来た曲」(パブロ・ピカソの「1分プラス80年だ」という言葉に感銘を受けて真似をした)と言い、それまでの54年の人生があって初めて「序曲」を生み出すことができたという言い方をしている。また、ゲームのフィールドや戦闘中の音楽に関しては、「何百回も聞くものであるから、聞き飽きないものを心がけている」という。以降、全シリーズの作曲のみならず開発の初期段階(企画立案の段階)からプロジェクトチームの一員として参加している。そのため、テストプレイヤーとしてもエンディングのスタッフロールで名を連ねている。

いや、55だから出来たんだな

しかも1週間でww

僕は以前から、
ドラクエの曲ってクラシックなのに聞けるから
ベートーベン超えてるよね?
バッハとの時期にいたら教科書こっちになってたよね?

って思ってた
(多分生放送でも言ってた)

それは、この55年+先駆者があったからなんだね

その、「ニーベルング」とやらを聴いてみる

全然聞ける。
オーケストラってすご
そして、現代クラシック+テレビゲームを融合させた功績は勇者すぎやま

そして、エンディングにスタッフロールwww
「テストプレイヤー」でだよw
かっこよすぎでしょ

すぎやまこういちはゲーム好き

1985年8月にエニックス(現スクウェア・エニックス)から発売されたパソコン版ソフト『森田和郎の将棋』の序盤の駒の組み方に疑問を持ったすぎやまは、同ソフトに添えられていたアンケートハガキを熱心に書いたが、投函するのが面倒になりほったらかしにしていた。妻がそれを見つけて投函したところ、エニックスの担当者からゲーム音楽の依頼が入り、『ウイングマン2 -キータクラーの復活-』の作曲を担当することになり、エニックスとつながりが出来た。
その直後、同じくエニックスがプロデュースしていた『ドラゴンクエスト』に、内部スタッフが作った音楽の出来が良くないという事態を受けて、エニックスから依頼を受けて制作に参加。当時の開発陣であるチュンソフトは学生のサークルの延長上にあり、初対面時は「異分子が入ってきたぞ」「よそ者だ」と警戒されたが、バックギャモンの話に始まって会話をするうちに無類のゲーム好きなことを分かってもらい、当時日本に二台しかなかったビンゴ・ピンボールにハマり仕事後数時間かけて横浜に行って遊んでいたことに話が及んだ際には尊敬のまなざしを受け、正式に作曲を依頼され、それを受諾。当初はロック調でと注文されたが、ゲームの世界観が「中世の騎士物語」ならばクラシック調がふさわしいとすぎやまは主張し、頭に浮かんだリヒャルト・ワーグナーの『ニーベルングの指環』からクラシックをベースにした基本コンセプトが固まった。

アンケートハガキなんて
ゲーマーでもせんよw

なんでドラクエって最初からベストメンバー?って思ってたけど
すぎやまこういちのほうがゲーム好きってのがあったんだねw

登場するゲームも
調査
[出典]
森田和郎の将棋(エニックス)
バックギャモン

「異分子が入ってきたぞ」ぉぉおw
年齢の話も多分あったと思う
開発者が30としても
55は音楽ができてもさw
そこを、「ゲーム話を通じて」深まるって
映画化希望

すぎやまこういちの生い立ち

祖母が子守唄として讃美歌を歌っていたことや、両親が音楽好きだったことから、幼少から音楽に親しむ。また両親がゲーム好きだったことから、物心がついた頃からゲーム好きだった

音楽に精通したゲーム好き。
このゲームは前述のゲームだな

物々交換でベートーヴェンのレコード

堀井雄二、鳥山明との違いは戦争と思っていたら
戦争でやけてしまったので、両親が物々交換でのくだり。
ベートーベンを超えているって、思ってた素人でしたが
影響受けてるのがここでもわかった
いや、超えてるけどさっ

青島幸男や砂田実と知り合い、青島とは生涯の親友になる。すぎやまが級長、砂田が副級長、青島が問題児という関係であり、退学寸前の大問題を起こした青島を砂田とともに職員会議に乗り込んで助けるなど迷惑を被る一方、青島は当時クラシック一辺倒だったすぎやまにジョージ・ガーシュウィンの伝記映画『アメリカ交響楽』を薦め、ポップスに興味を持たせるなど、短いながらも濃密な時間を過ごした

問題児のほうが都知事
都知事が奨めた音楽が、ドラクエ
調査のきっかけに書いた、(後述の)政治的なことも繋がるのかな

当初は音楽大学への進学を望んでいたが、ピアノが弾けなかったことから断念し(『週刊Gallop』の鈴木淑子との対談記事では「音大志望だったがお金がなかったから東大に進学した。」とも述べている)、東京大学理科II類に進学

最近楽譜を買ったんだけど超難。
なのに、え?ピアノ弾けないってw
東大が抑えってw

才能あるって思ってたけど
変態のほうね。

学業に専念できず、音楽活動と遊びに専念。3年次、自由な時間がなくなるのを嫌って、教育学部教育心理学科へ傍系進学

遊び人すぎやま

すぎやまこういちの政治的なこと

きっかけに書いた議員の話
すぎやまさんから電話があったから、
あの人はヘビースモーカーだから禁煙ブームで怒られるのと思ったら
著作権についての話だったからほっとした

的な余談だったと記憶だが

ヘビースモーカーってのも意外
政治的にってのも昨日まで意外

でも、Wikipadiaの
いっちばん上見てみよぉー

すぎやま こういち(本名:椙山 浩一、1931年4月11日 – )は、日本の作曲家、編曲家。日本作編曲家協会(JCAA)常任理事、日本音楽著作権協会(JASRAC)評議員、日本カジノ学会理事、日本バックギャモン協会名誉会長、喫煙文化研究会代表。

はい、
すべて繋がった。
んで、全部上の人に
なぜなるw
なぜなれるw
禁煙文化研究会ww
バックギャモンまでwww

日本カジノ学会理事ww
あのカジノの音楽あいすぎな訳だわ

「政治的にってのも昨日まで意外」
昨日までは
ブログを書いている時に
[出典]

でも納得できたし、
とはいえ、すげー選択肢を
ナンバリングⅠに入れたもんだw
わかる子供居るかよwww

すぎやまこういちのドラクエⅪ

最近の曲は
どーも頭に残らない

多分それは、音楽のクオリティが
上がっていってるからついて行けてないのかもしれないと考えていたり

「真田丸」の一部の音が
ドラクエ思い出しながらみていたのがⅡ年?前
これ書いている時はずっとドラクエ11の戦闘がループ

そんな、今プレイ中の
今回のドラクエ11で感動したのは
過去の曲を聞ける場面が多くて!

で、さらにすごいのが
競馬のファンファーレ
※すぎやまこういちを今日調べるまでは、楽曲提供と競馬のこれくらいですごいと思ってた

これも「すぎやまこういち」が作ったのが
序盤の馬レースってとこで
少し出しているところ!

ネットで検索すると
まだ余り語られていないみたい

記憶違いではないらしい

東京競馬場・中山競馬場(作曲:すぎやまこういち)

[出典]
ファンファーレ

その辺、「昨日の生放送」で話せた相手に改めて感謝!!

[まとめると・・・なんで70%もってつたわってたか]
・売れてたのに途中から、ゲーム音楽に専念っていうヲタク
・ポップスも作れるのにクラシックも出来るのに変態
・実際プレイをしすぎているし、興味あること全部の理事とかになる